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短歌と感想ほかまとめ

#読む短歌 スペースのこと(#自選10短歌集2023 編)

以前Twitter(X)にて「#読む短歌」というスペースを開いていました。
音読していいよ、とお知らせくださった方の短歌を、わたしが口に出して読む、という試みです。
そのときのまとめはこちら↓
hashi-716.hatenablog.com


さて、2024年1月、「#自選10短歌集2023」が公開となりました。
note.com


その際、「#自選10短歌集2023」参加者のうち、音読してもいいよとお知らせくださった方の作品を読みたい! と考えました。
そのときのお知らせ要項がこちら↓


結果、ありがたいことに、21名分を音読できることになりました。
今回はそのときのまとめとなります。
本当に簡単なものですが、いつ・どなたの分を読んだのか分かるようにしてありますので、参考になれば幸いです。

#自選10短歌集2023 については感想も書いていますので、よければぜひ↓
hashi-716.hatenablog.com


1)2024年1月20日(土)

10名分 1人あたり2~3首ずつ
003 昨さん/005 碓氷さん/006 独活部さん/018 おばけちゃんさん/026 遊佐さん/030 古迫ねねさん/032 千愛さん/034 夏野さん/035 線香さん/036 yugureさん


2)2024年1月21日(日)

11名分 1人あたり2首ずつ
037 いとさん/043 残星さん/044 わらびもちさん/045 入瀬さん/049 月食さん/050 偏頭痛さん/051 杜さん/054 あきさん/057 maruさん/059 ぺちかさん/076 飄さん



久しぶりの「#読む短歌」、やっぱり楽しかったです。黙読するのとはまた違った感覚がある。いろいろな方の短歌にふれられること・自分の中にあるものを表現すること、本当に貴重だなあと思います。また機会があれば音読していきたい。

何かあればしま個人のDMもしくはお題箱まで。
odaibako.net

癖短歌のこと

突然ですが、これを読んでくださっているあなたは、癖(へき)をお持ちですか?
そもそも「癖」ってなに? と思われるでしょうが、わたしはこの言葉を「自分の中に深く根差している多少偏った好み」といった意味で用いています。辞書的な意味合いとはズレているかと思いますので、平たく言えば「どうしようもなく好きなもの」くらいで捉えていただければ幸いです。
ただ、これだけだと具体的にイメージしにくいと思われるため、いくつか実例をあげてみます。たとえば、わたしの癖はこんなかんじ。

・全部終わりにしたいのにあとぜんぶ忘れて飛び込むには理性が勝ちすぎて 明日のことを気にかけてしまって 結局ちゃんと次の日に響かない時間に帰ってきてしまうような そういう生温くってどうしようもない現実
・相手にしかできないことがある、相手にはそれだけの力がある、と強く信じているひとりと そう言われてもまったくピンとこない、どうして自分にそこまで望みをかけられるんだろう、余程そちらの方がよく出来るだろうにと思っているもうひとり すれ違ったままの期待のはなし
・食事の場面 食べものを口にする、味わう、だけではなくて 別の意味を持たせること

……書いていて少しいたたまれない気持ちになってきました。
ともかく、「好きなもの」はその内容について細かく問わず、設定、関係性、雰囲気、何でもありなことが伝わればうれしいです。


さて、この癖ですが、普段はあまり表に出てくることがありません。自分の中にはずっとあるのですが、誰かに話す機会もそうそうないので……。
しかし、ごくたまに、その癖をごりっごりに詰め込んだものが読みたくなることがあります。自分の癖がたっぷり詰まった、小説、漫画、短歌、などなど。どこかにないかな、と思っても、なかなかそう都合よく見つかるものでもありません。
誰か書いてくれないかな、代わりにその誰かの癖からも(自分がつくるものでよければ)書くから、というきもちが高まりまくったのが、昨年の秋。わたしはこんなことをポストしました。


見るからに私利私欲というかんじですが、ありがたいことに反応してくださる方々に恵まれました。
それならぜひやってみよう、一緒に遊んでください! ということで生まれたのが「癖短歌」です。また、合わせてルールも決めてみました。

・この癖(ヘキ)から短歌を作って!というツイートには #この癖で短歌よろしく をつける
・上記タグのついたツイートから短歌を作ったら、当該ツイートを引用するかたちで発表 + #癖短歌 をつける


とってもかんたん、これだけです。
癖も、癖短歌も、いつでも・どなたでもポストしていただけます。詠む数も1首からOK、もちろん連作を作っていただいても構いません。基本的なルールを守って、いろいろな方が楽しく短歌を詠/読めればと思っています。

最後に、いくつか癖短歌の実例を挙げておきます。(癖はフォロワーさんから、癖短歌はしまによるものです)


その他なにかご不明な点があれば、しま個人のDMもしくはお題箱まで。
odaibako.net

log:202402 短歌

0201
お題:割れたガラス

割れちゃっていいやつばっか残っててきみのグラスはまだここにある
これ以上ないってくらいひどいのを想像しては痛む練習
そこらへんさわんないでねあと少しがちゃってなったまんまにしてて



0206
珍しく大雪の日の短歌(題・写真:月食さん)

もうずっと雪のままなら 動物になれないぼくは家賃を払う
さよならをちゃんと言いたいまばゆくてきらいですきでたまんなかった
完全なものがこわいの性分できみもそのうちいやになるんだ
うつくしいものになりたい祈りって勝率いくらぐらいだろうね




0206
storyteller(物語ベースの相互題詠:お題は遊佐さんより)

たんぽぽの明るい黄色はどこででも軽やかに揺れひどくまぶしい
木蓮 頬にうっすら朝がふる美しいってこういうことだ
教科書に載っていた詩を思い出す貴方の声はひばりのおしやべり
いつだって凭れずにいる隣にはぽつんとひとつ空席がある
繰り返し頭のなかで呼んでいた名字がわたしのくちびるに、いま
朝礼の点呼も絶対かなわない声量だった あなたがわらう
はじめてのおそろいかもってこっそりと言われて撫でる遅延証
8時5分6両4ドア待ち合わせ、の前にささっと直す前髪
ずる休みじゃなくてもっといい名前つけたいねってふたり一緒に
お休みの連絡はせず海に出て(次は終点)ともだちになる




春になったら#04

贖罪にならない こんな こんなのは許されたいって思ってるだけ
そのうちに薄れてくって思ってた誰のもとにも届かないまま
しあわせになってほしいの(ほんとうに?)誰かの声がずっと聞こえる



0213
春になったら#05

俎上には載せないまんまぐらぐらと火をかけたのはいつだったろう
ふつうってどんなだったか先生に言えた人から帰っていいよ
出しっぱのノートみたいに都合よく見ないふりしてたかった、ずっと



0218
自我短歌

春先のやわい匂いは泣く前の気配に似てて好きになれない
人並みに見える(と思い込む)ために週5で着けておくコンタクト
どうすれば怒られないかどうすれば息ができるか考えるくせ
右利きのふりをしながら左手のずっと消えないペンだこを見る
ある程度クラスメイトの反応を参考にして打たれる注射
好きだったライブがいつのことかさえ思い出せなくなっててごめん
うるせえなぶん殴るぞを飲み込んで予測変換恐れ入ります
書きつけたところで何にもなんないよ なんにも わかって打つキーボード



0219
題:夜明け前

まっくらと言うほど暗くない夜の、黒になりきれない空の色
この道を行けば出口がありますと耳打ちをして 嘘、言わないで
しらじらと夜が明けていくとき「僕」の気持ちを答えられてたまるか



題:パン

ひかえめにトングを鳴らすかちかちは僕らにとって拍手の代わり
半分こしたいのぜんぶ選んでよ食べきれないって笑ってくれよ
焼きたてのパンと袋の紙のにおいどっちも好きで抱きしめている



題:ドラゴン(関風ファイティング)

雨降りのアスファルトには路地裏のネオンが映り込んでまぶしい
再見とあなたに指を振ったとき言葉は涙のようにこぼれる
辰年のひとには二度と恋をしない この手で強く抱いてやれない



0220
春になったら#06

両腕でぜんぶ大事に抱えててぼくはじょうずに降りれなかった
吸ってからゆっくりと吐くふたりとも痛いの怖いの飛んでいけって
変わってく毎日にいてあなたにはずっとわかんなくってもいいよ



0222
短詩の風

明日からちょっと旅行に 有給のふりで始まる逃避行(仮)
食べきれないくらいごはんを買い込んでこのまま暮らすだなんて言うな
電源を切ったらきみに渡したい明日いっぱいさらってってよ
えいえんにおわんなければ 頬に降るエンドロールのぼやけた光
ビデオ屋の暗い照明ふたりして変にはしゃいで手なんか繋ぐ
湿気ってるポップコーンをばらまいてフラワーシャワーのふりで笑って
助手席の頭をまるく撫でてみる寝てていいからぐずんないでね
逃避行ごっこはこれでn回目おわりまであと(以下未解答)



0227
春になったら#07

ハイボールメガジョッキでも流せないのって結局あなただからだ
おわりってこんなまぶしく見えるのか やだな 炎が目に痛くてさ
格好よくなれないまんまでも僕はきみが好きだよ だいすきだよ



0228
待合室にて

今の曲好きだったって思い出す それで忘れる いつもそうだな
オルゴールBGMに変えられてさみしいふりをさせられている
サビっぽいとこでもずっと黙ってる今だけきみとわかり合いたい

log:202402 アイドル短歌

0203
関ジャニ∞

考えるよりも早くに動く手であなたの振りをゆっくりなぞる
じゃあまたねここで会おうねきみたちの前ではきっと嘘はつかない
苦笑いするほかなくて黙ってた日にもあなたの曲を聴いてた
永遠は恐らくなくて だけどもし見つかったならきみにあげたい
いとおしい、なんて言ったら笑うかな最後に叫ぶあなたの名前
特別の意味をいまさら きみたちは、最高で、最強の、



0204
SUPER EIGHT

怒ったりめそめそしたり笑ったりあなたといると忙しいんだ
なくなったわけじゃなくって前までの僕たちよりも強くなったよ
きみたちは最高で、最強の、だからなんでも超えていけるさ



題詠ったーより:「星」と「勘違い」

一等星だなんてひどい勘違いさっさと捨ててしあわせになれ


0216
Snow Man 目黒蓮
お誕生日おめでとうございます!

あ におい いまの季節の 電話だとわかんないけど言わせてほしい



0216
LOVE TRIGGER

なにもかも忘れられたらとは言わず正気のままに味わうココア
考えるよりも早くに動く腕 愛されたいってことがすべてで
引鉄にふれる一瞬ガナッシュのやわさが不意に 舌は噛まない



We'll go together

知られずに溢れていった流星と涙はどれだけあったのだろう
春先の雪もかすかに触れた手もきみに出会って永遠になる
忘れたくないと願ったこの日々がいずれ遠のくことを愛した



0220
題:渓流

振り返るとき眼裏にあるものはほんとうよりも多少まばゆい
ひとりきり永遠みたく眺めてたクレーンゲームのやさしいアーム
釣り糸のように記憶をたぐり寄せきみはいつかの渓流にいる



0224
ワンライ:お題「心臓」もしくは「降る」でアイドル短歌

右の手を高く掲げることだって、明るい声をあげるのだって
痛いほど脈打っている全身が生きているって叫ぶ板上
強心臓 こんなに怖いことばっかなのに結局降りれないんだ
心臓の位置をしっかり確かめて右の手で打つ もう違わない
全身を投じることも怖くない、なんてね これは嘘じゃないんだ
3セット揃ったぼくらのCDは心臓よりもはるかに重い
何十年経っても雪が降るときはどっかうれしくなるんだろうね

#詠み読み のこと

1月、2名の方と「#詠み読み」で遊びました。
この記事は、わたしがつくった連作等について、かんたんにまとめたものです。

ちなみに「#詠み読み」については、遊佐さんが下記の記事でわかりやすくまとめてくださってます。ご興味のある方はぜひ!
note.com



1) はじめに

はじまりは、遊佐さん・昨さんとスペースで話していたときに出てきた話題でした。
特にアイドル短歌を詠む方には少なからず心当たりがあるかと思うのですが……、自分が詠んだのではない自担、読みたくないですか?
もちろん自分が詠むのも楽しいですし、だからこそアイドル短歌を詠み続けているのですが、自分ではない人の視点で見た自担でしか得られない栄養(?)もある、と思っています。
でも、普段その人を詠んでいない人に詠んでもらうの、難しいかな……? 参考資料があればどうだろう? お互いの自担を詠み合うとか、できるかも?
……というかんじでお話は進み、最終的に、遊佐さん・昨さんおふたりに、わたしの自担を詠んでいただけることになりました! めちゃくちゃ贅沢! ありがたい!(代わりに、わたしもおふたりの自担についてそれぞれ詠む)
という訳で、下記はおふたりと #詠み読み した記録になります。
ただ、これはわたしたちが今回やったらこうなったよ、というものなので、こうしなければならない、ということはまったくありません。いろんな方のいろんな #詠み読み があればあるだけ楽しいな、と思っています。


2) 遊佐さんと #詠み読み

・ルール

 制作期間 … 設定なし
 首  数 … 設定なし

・遊佐さんの #詠み読み

自担 … 末澤 誠也さん(Aぇ! group)
資料 … Aぇ! group「PRIDE」
   (関西ジャニーズJr. LIVE 2021-2022 THE BEGINNING~狼煙~)
youtu.be

・しまの #詠み読みしてみた


・しまの #詠み読み

自担 … 深澤 辰哉さん(Snow Man
資料 … Snow Man「Boogie Woogie Baby」
   (Summer Paradise 2019 at TOKYO DOME CITY HALL)
   ※特に3:23~
www.youtube.com

・遊佐さんの #詠み読みしてみた



3)昨さんと #詠み読み

・ルール

 制作期間 … 設定なし
 首数   … 設定なし

・昨さんの #詠み読み

自担 … 正門 良規さん(Aぇ! group)
資料 …
①関西ジャニーズJr. "Kansai Johnnys’ Jr. LIVE 2021-2022 THE BEGINNING~NOROSHI~" Highlight Video
※特に8:42~ メンバーシャッフル「復活LOVE」
www.youtube.com

②【関西ジャニーズJr. LIVE 2021-2022 THE BEGINNING~狼煙~】ダイジェスト映像
※特に2:22~
www.youtube.com

・しまの #詠み読みしてみた


・しまの #詠み読み

自担 … 深澤 辰哉さん(Snow Man
資料 …
Snow Man「Boogie Woogie Baby」
(Summer Paradise 2019 at TOKYO DOME CITY HALL)
※特に42:45~
www.youtube.com

Snow Man【クリアなるか?】色んな靴でボトルキャップチャレンジ!
※特に6:30~
www.youtube.com

・昨さんの #詠み読みしてみた



4)まとめ

今回は、それぞれ違う自担を持っている方との #詠み読み でしたが、同じ自担でも楽しくできると思います。
また、普段からやり取りがある方以外にも、この機会に…!と声を掛けて、一緒に取り組むのも楽しいのではないでしょうか。
わたしもまだまだ #詠み読み したいなあと思っています。

ご感想などあればぜひお題箱まで。
odaibako.net

短文のこと

短歌からイメージして短文を書く、という試みを、X(旧Twitter)でやってみました。
元はというと、昨さんとのいちごつみにある2首からお話を思いついて書いてみたこと(下記01)がきっかけです。
詳細は省きますが、わたしは元々お話を書いている人間なので、こうした短文を書くこと自体、比較的慣れています。短歌を鑑賞する・感想を書くのとはまた別の方法で、短歌にふれあえるのが面白く、いろいろな方の短歌を元に短文を書いてみたいと考えました。
毎度のことながら、TLの皆さんはわたしが急にごそごそ何かやり始めても、基本的にあたたかく受け入れてくださるので、感謝しかありません……。本当にいつもありがとうございます。
以下、わたしが書いた短文をすべてまとめています。また、イメージの元になっている皆さんの短歌についても引用させていただきました。
※もし何か問題などございましたら個別にご連絡いただければ幸いです



01 昨さん



同期の結婚報告を聞くのは今年に入ってもう数回目で、もうそろそろご祝儀今度も同じだけ包むのかって考えて億劫になるのを悪いだなんて思えなくなった。
当たり前みたいにうわあって思う。少し声にも出す。生活は生活。社会性は社会性。
一応まだ我を忘れてはいないので、会社の人の前ではそんなのおくびにも出さないけど。
わたしの中にもしネジがあったとしたら、多分そのうち何本かは元からなかったし、かろうじてまあまあ機能していた分だって、今はもうほとんど錆びてしまってるんだろうな、なんて思う。
取り留めのない妄想。今やんなくてもいい仕事、返さなくたって死にやしないメール、片付けなくたって誰も困んない分厚い資料。定時までの暇つぶし。
違うか。
暇つぶし、してるのは、定時までじゃなくって。
やっすいチェーンの居酒屋でだらだら飲んで彼氏ほしいでも付き合いたくないそういう身分がほしいとか言ってる間がいちばん楽しかった。
わかるわかる、ってケラケラ笑ってくれてたの、あれは流石に本気だったって思ってもいい?

今さっきうだつの上がんない君が『確変です』って一抜けていた/昨さん
ゴールするときは一緒の約束でさっきまでなら好きだったのに/しま


02 鷹野しずかさん




余計なことはひとつも言わなかったし、最後までちゃんとご機嫌だった。見送りができる本当にぎりぎりのところまで一緒に行けたし、あの子がいろんなひとの背に隠れて見えなくなるまで手を振っていられた。
あの子といるときのわたしがわたしのなかだと多分いちばんくらいに好き。
他の行き先がどこの搭乗口からか、なんてひとつも覚えられないのに、あの子が使うところだけはしっかり分かってる。到着ロビーのどの位置にいたら向こうから見つけやすいかも、ちゃんと。到着、ロビーは、またしばらく来ないけど。でもわたしにとっては大事な情報だ。忘れたくない。忘れるはずもない。
空港にあるエスカレーターは何度乗っても目的の階には着かないような気がして、急いでいるときにはそれが恐ろしくてたまらないけど、なるだけ長く留まっていたい場合にはうってつけだと思う。エスカレーターを上ったり下ったり、だだっ広いフロアを行ったり来たり。
そのうちあるお菓子屋さんの売り場が目に留まった。ああこれ、あまくておいしいんだよな。何もここで買わなくたっていいんだけど。多分デパートにもあるし、でもあそこいつ行っても鬼のように混んでるんだ。となるとここで買うのがいいのか。
とか言ったって食べるのはどうせ自分だし、いちばんにあげたい子ってもういない。これ買って持たせればよかったな。今度のときはそうしよう、なんて、会う前から別れるときのことを考えるの、本当はそんなに好きじゃない。
それなのに、頭のなかは今考えなくたっていいことでいっぱいで、ずっと言葉が、感情が、かたちにならないまま、ぐるぐる渦を巻いている。まっすぐ帰ればいいのにしばらく空港のなかをうろうろしているのだって、結局は。
またね、って、わたしは言うけどあの子は言ったり言わなかったりで、ばいばい、のときもあれば、じゃあね、のときもある。あんまりそのあたり、こだわってないんだと思う。
ぜんぜん大したことじゃないのはわかってる。気にするようなことじゃないって。会いたいひとには会いたいって言えばいいし、実際に会いに行けばいい。
別れ際には必ずまたねって言うことをおまじないみたいにしなくたって、自分の足で時間でお金で会いに行けるって、そうできるように生きてるんだって、わたしはちゃんと知っている。
それでもやっぱりあの子と別れるときにはまたねって言うんだ。今日だって、この後何度あるのかわからないけど、この先だってきっとそう。またね。また。

見送りを上手に済ませばかでかい空港に慰められている/鷹野しずかさん
note.com


03 独活部さん




今から外出れる、って、せめてもうちょい前に言ってよと思う。家に帰ってきて制服から部屋着に着替えて、今のわたしはもうだるだるの格好だ。
古ぼけた団地の、これまた古ぼけた公園までは、歩いて数十秒。幼馴染は先に着いていて、いつもするようにブランコを漕いでいた。わたしはブランコには乗らず、ブランコの手前にある柵に軽く寄りかかる。
相手が何も言わないから、わたしも何も言わない。この子がこうやっていきなりわたしを呼び出して、そのくせ何も言わないでただ黙っているときは大抵、ものすごく怒っているときだ。怒っている、けど、言葉を探せないでいるとき。自分でも自分の感情のやり場を見失って、どうにもならないとき。
それで、多分、これはこの子に直接聞いたんでもないからわたしの当てずっぽうなんだけど。
「泣いてないよ」
「……うん」
「怒っては……いたけど。でもこっちから振ったし」
「ん、」
「最後に一発お見舞いもしといたし」
「うん」
「だから、へーき、なんだよ」
この子がこんな風にめちゃくちゃに怒ってくれるのは、大体がわたしのため、なんだ。
いつのまにかブランコは止まっていて、幼馴染はわたしのすぐそばに立っていた。くたびれた部屋着のうすっぺらい生地を、幼馴染の細い指先が掴む。
「帰ろっか」
されるがままに従って公園を出た。どこからかあまいような泣きたくなるようなにおいがして、もうそんな時期か、なんて思う。沈丁花
ちょっとだけ前を歩く幼馴染の背中に額をくっつけた。なに、歩きにくいよ、って前から声がする。わざとぶっきらぼうにしようとしてるのが丸わかりの、やさしい声だった。だからわたしも、いいじゃんちょっとくらい、なんて雑に返す。
だって、だってね、まだ春にもなりきらない夜の風はひどく生ぬるくって、ひとりで受けるにはあんまりにも泣きたくなる、から。
幼馴染の着ている服もやっぱり、何年も着古したくたくたの部屋着だった。その、頼りない生地に鼻先をすりつける。沈丁花と、夜の風と、春前の、どうにもならない空気にまぎれて、昔からよく知っている、この子の家のにおいがした。

5秒間だけはハグしてくれるよね春ってそういうところあるよね/独活部さん


04 わらびもちさん




元々少しぼんやりしたところがある子だなとは思っていたけど、この頃の彼女はさらにだった。隣にいても、気づくと月を見上げてぼーっとしている。
声をかけると、一度ぱちん、と瞬いてからこちらを見る。そうして、どうしたの、なんて笑ってみせるのだ。こっちの台詞だよ、とは、思っても言わない。代わりに、その時々でおかしくないような話題を持ち出してみる。課題やった? 夕飯どうする? そろそろ帰る?
所属している写真サークルには明確な活動日がない。空きコマになると、何となく定位置になっている学生食堂の片隅に行って、その時々で集まっている面々と駄弁ったり、たまに学内を散策して写真を撮ったりする。
ほとんど顔も出さないメンバーもいるけれど、彼女は基本的にいつ行ってもそこにいた。自分のカメラもちゃんと持っていて、大学にも毎日持ってきている。
「いつか忘れちゃうかもしれないから」
写真、好きなの、とはじめに尋ねたとき(今思うと何ともぱっとしない質問だ)、彼女はそんな風に言ったのだっけ。彼女の華奢な手で持つと、僕のと同じ機種のカメラも、何だかやけに大きく見えた。
今夜は月がよく見える。学校を出て、駅まで歩く道でも、彼女はじーっと月を見上げて、どこかぼんやりしていた。黙って立っている分にはいいけれど、車も人の通りも多い中では危なっかしいことこの上ない。
「ひかれちゃうよ」
背伸びするようにして月を見上げる、彼女の細い首筋や、うすい頬のあたりに、まぶしいくらいの光が降りそそいでいる。思わず見惚れそうになりながらも、僕は彼女の手首を掴んだ。
ごめんね、と彼女は照れたように微笑んで、視線を月から僕へと向ける。謝ってほしかったわけじゃない。いや、とか、ううん、とか、僕は口の中でもごもご言った。
彼女の細い手首に絡めた指先は、はずしそこねたふりで、そのままにした。
彼女の手を引いて、駅までの道を歩く。もうすぐ学校の最寄駅だ。時間はまだ、そんなに遅くない。
隣を歩く彼女の様子をうかがうと、やっぱり月を見上げてぼんやりしている。思わず、指先に力を入れた。彼女が痛くないように気をつけながら、でも、しっかりと手首を握りしめる。
僕は彼女に話しかける。いつもするように。課題やった? 夕飯どうする? ねえ、
帰んないでよ。

満ちた日にいつも視線を奪われて「帰ってこい」と呼ばれてるかも/わらびもちさん


05 春さん




人間ってややこしい。いやなことがあったら、腹が立ったら、悲しかったら、泣いてしまえばいいのに。涙を流すだけの機能を持っているのだから、それを活用したらいいのに。
それでも、泣きたいときにあえて泣かない、という選択肢をとる人間は少なくない。
赤ん坊や小さな子どもは、泣くことで思いを伝える。単純明快でいいじゃないかとおれなんかは思うけれど、話はそう単純なことではないらしい。
おれの受け持ちのなかには、そういう、泣きたいのに泣かない、という人間が多くいる。理性的といえば聞こえもいいが、見ているこちらからするとじれったいことこの上ない。
もう泣いてしまえよ、と声をかけてやりたくなったことが、今まで何度あったろう。それでも、直接人間に声をかけるのは御法度だ。ごくごくたまに、おれたちの声が聞こえてしまう人間も、いなくもないけど。あれはまあ、特殊なタイプで。
おれたちに出来るのは、受け持ちの人間を見守ること。人間の営みを見届けること。声はかけず、彼らの行く末をその運命に任せること。
そうしてもうひとつ。これは、おまけみたいなものなのだけれど。
棚にしまっておいたじょうろを取ってきて、なみなみと水で満たす。重たくなったそれを手に、おれは受け持ちの区画に向かう。
じょうろを下に傾けた。ざあざあと降りそそぐ雨滴に、うつむいていた彼や彼女の顔が上がる。驚いたような表情から、ああ、雨か、と納得したような顔にかわって、それからゆっくりと、目元や口元がくしゃくしゃに滲んでいく。ほら、これでいい。
泣きたくても泣けないのが人間であり、そうと決めた人間には何も手出しできないのがおれなのだとしたら。泣かないと決めた彼らには、してやれることなど何もないのだとしたら。
それでも、おれはおれなりに、きみらへ祝福を捧げるよ。
だから、なあ。せいぜい派手に濡れてくれ。

泣かないと決めた人らを見守ってときには雨も降らせる仕事/春さん


06 深水遊脚さん



職場には何も仲良しこよしをしに行っているわけじゃない。基本的な挨拶や連絡事項のやり取り、疑問点の確認などが問題なく出来るだけの、必要最低限のコミュニケーション能力と社交性があればそれで十分だ。
そう、思っているのは本当で、だから別に、いいんだ。
自分以外の誰も彼もが親しげに話しているように思えたって、ちょっとした世間話ができる相手が気づいたらいなくなっていて、誰とも話さないで帰ってくるのが当たり前になっていたって、死ぬわけじゃない。
それでもたとえば、給湯室でふっと、誰かと出くわしたときに。お昼休みの休憩室で、電子レンジ待ちの人が自分以外にもいたときに。自分の席に戻ったら、すぐ近くの誰かと誰かが何かを喋っていたときに。
ちょっとした話、を、できたらいいんだろうと思うことがある。もしくは、さらりとその輪に加われるならよかったんだろうって。
でも、何の話ですかなんて聞くには、人への興味も積極性も足りなくて、結局は何とはなしに周りが話すことをただ聞いている。もしくは沈黙をそのままに享受する。ただそこにいるだけだ。大丈夫。
大丈夫、って、思ってる時点であんまりもう、大丈夫じゃないのかもしれないな。
そう思ったときにはもう、いろいろ遅かった。

下巻から読み始めてる小説のように空気をつかめずにいる/深水遊脚さん


07 古迫ねねさん




一軒目で解散すればいいのにそうはしないで、必ずと言っていいほど二軒目にもつれ込む。それも飲み屋じゃなくって深夜営業もしているファミレスに。ファミレスでだってお酒は飲める。
単価が安くてそこそこ美味しいのって正義だよ、なんて何回言い合ったのかわからない。ほぼ毎回言っているような気もする。いっつもへべれけになっているから細かい回数までは曖昧だけど。
この子と飲んでていちばんいいのは、べたべたどろどろしたことを言わないことだ。愚痴は言う。上司や嫌な先輩、手のかかる後輩、訳分かんないことでネチネチ嫌味を飛ばしてくるお局、みんなみんな爆発しちゃえって呪詛も吐く。だけど、そういうこと全部、生ビールのグラスを大きく傾けて、ハイボールをぐうっと飲み干して、細い指先には見合わない大ジョッキをどん! とテーブルに叩きつけるように置いてから、くそったれって明るく言うんだ。
労働は、する。生きていくためには働かなきゃならない。お金は大事だ。欲しいものを買って行きたい場所に行って食べたいものを食べる、そのためにわたしたちは週五勤務を全うする。
とはいえやっぱり凹むことはあるし、自信なんていつまで経っても大して持てないし、頑張ってみたところでろくな評価も受けられないで、もういいやって腐りそうになる方がよっぽど多い。
それでも。
この子の持ってるグラスの、そこにまとわりつく水滴の、夜なのにやたらと明るいファミレスの、なんだか泣きそうなくらいのまぶしさがある限り。
なんかまだもう少し、あともう少しなら、どうにかやってみてもいいかなって、思い直せるんだ。

僕だけの、この永遠がある限り光ばら撒き合う金曜日/古迫ねねさん


08 ぺちかさん



アリーナでもスタンド下段でもなくて、本当に天井席。場所だけでいったらまあ、ぜんぜんよくはない。だけどここにいるのは本当。遠くたって君はあのステージにいて、わたしはずっとそれを、焼きつけるみたいに見つめている。
部屋の中だとあんなにまぶしく思えた君の色なのに、今手元で灯してみたら、急に心細いような気持ちになった。
周りにもたくさん、おんなじ光があるからかな。そのなかのたったひとり、わたしが灯す光なんて、君の目には映らないような気がするからなのかも。
それでもいつか、どこかで。今日じゃなくてもいい。わたしが君のいる場所へ足を運んでいる限り、君の色を振り続けている限り、君が君の、君だけの色の光を目にすることは、きっとある。そう願ってる。
君はずっと明るい場所にいたらいい。いてほしい。そう祈っているの、本当なんだ。
でも、もしかしたら、不意に君が暗闇のなかに入り込んでしまうことが、どちらへ進んだらいいのか分からなくなってしまうことが、あるかもしれなくて。そうしたら、そのときには。
わたしはずっと、君の色をここで振っているから。
どうかその光が、君のところまで届きますように。

暗闇の 道標になりますよう、君の色を振っています。/ぺちかさん


09 むつみさん




わたしが使うとき毎回紙を切らす複合機。絶え間なく代表電話にかかるセールス。昼を買いに出ようとしたらエレベーターで積載量オーバー。
上司の面倒な注文をさばいて、申請方法がわからないとか抜かす人間の相手をして、ようやっと、本当にようやっと金曜日。
平日五日の疲れをたったの二日でとれるはずもないって、何でみんな分からないんだろう。
泥のように眠って起きて、家にあるものを適当に食べて、そうするうち土曜日の夕方になってしまう。勤務時間なんてあんなに一分一秒が長いのに、休みになるとこんなに早く過ぎ去るの、何かのバグじゃないのかな。
見たいものがあるわけでもないけど何となく人の気配を感じていたくてテレビをつける。ちょうど民放にチャンネルが合わさっていた。
今週は何かいいことありましたか、って、不意打ちで聞かれて、何でだろう、その瞬間にぼろぼろ涙が出た。
文句も言わずにコピー用紙を補充して、偉そうな口調の電話にも丁寧に対応して、満員のエレベーターからは何にも気にしてないですって顔して降りて。
上司の言うとおり仕事を完璧にこなしても、何もかも人頼みの人間の相手をしても、誰も褒めてくれない。
それが当たり前だから。わたしだって大人で、社会人で、褒められたいなんていまさらそんなの、まさか言えないし、言っちゃいけないってわかってる。
わかってるけど。
今週は、って、いいことなんて何もないよ。なんにも。がんばったってなんにも。
それでもやっぱり、わたしはコピー用紙を補充するし、代表電話の応対もちゃんとする。やなことがあっても笑ってみせる。面倒な上司や周りの相手もする。
たくさん、たくさんの善意とか努力とか忍耐とか、名前もつかないものたちは日々、生まれてはすぐに死んでいくけど。
そういうものをすべて投げ出したら、きっとわたしはわたしでなくなってしまうって、そんなおそれとも祈りともつかない感情だけで、わたしはまだここに立っている。

今週もがんばりました人知れず名前のないまま死んでいきます/むつみさん


10 偏頭痛さん




頑張り屋さんなのは知っていた。真面目すぎるほど真面目なのも。ちょっとくらい手を抜いても、少しズルをしても、誰も咎めないのに。わたしたちの周りには、そういう大人ばっかりなのに。
金曜日の定時すぎ。あの子の席に寄っていって、おうちに帰ってもう寝る? ちょっとだけビール飲む? って聞いたら、ビール飲む、って即答してくれて、ああよかった、って心底思う。
本当にやばいときはわたしの誘いも断るんだよ、ってずっと言ってるから、うなずいてくれたってことはまだ、少しは平気と思ってよさそう。それでも、本当のところはわからないから(それくらいに頑張り屋さんだしとにかくやさしい子なのだ)、今日は気持ち早めに切り上げるようにしよう。
ふんわりして、人当たりがよくて、やさしい。陰口なんか絶対言わないし、仕事の愚痴を言うときだって、ちゃんと客観的に話そうとする。自分のここは至らないけど、って必ず前置きをして、誰の何のことでもフラットに判断する。
そんな、そんなに、ちゃんとしなくたっていいんだよ、って思う。直接言いもする。そこまで誠実であろうとしたって、正しく過ごそうとしたって、あなたのやさしさを、真面目さを、ただただ食い潰すだけの人間の方が、絶対的に多いんだから。
でもこの子は、そうしないんだ。ずーっとちゃんとしている。頑張り屋さんで、真面目で、正しくて、丁寧で、やさしい。
「おつかれさま!」
「おつかれさま、あの、誘ってくれてありがとうね」
「なに言ってんの、誘うよ! あたりまえ!」
「当たり前なんだ」
「そうだよ!」
この子みたいな強さって、わたしには正直ないし、してあげられることだって、たったのこれっぽっちなんだけど。
でも、あなたがどんより泣きそうな顔をしていることには、なるだけ早く気づきたいって思うし、そんな顔させる場所や人からはとにかく遠ざけてあげたいんだ。
「もうほんと、やなやつみんなタンスの角に小指ぶつけちゃえばいいのに!」
そうしてばかみたいなことばっかり言ってね、なあにそれってあなたがくすくす笑ってくれたらいいなって、本当に思うよ。

やさしいはシフト制だよ 今日きみはちょっといじわるでもいいんだよ/偏頭痛さん


11 あきさん



家からかなり離れたところにそのスタジアムはあって、遠いよねって言いながらも友達と電車に揺られていった。何だか朝から、もしかしたらその前の日から、いや本当はもっともっと前から、はしゃぎ回りたいくらいにうれしくてたまらなかった。
座席は割と上の方で、メインステージは真ん前に見えたけど、直線距離で言ったらそこそこ遠かった。でも、だからって、何だというんだろう。近さ遠さがどうって、そんなの問題じゃなかった。
だって。
だって、あそこに、今、わたしが見ている目の前に、同じ空間に、この場所に、君がいるんだ。
とにかくどきどきして、何度もこれは夢じゃないかって思った。ほんとうだよね、ほんものだよねって、熱に浮かされるみたいに、そばにいる子に繰り返し聞きもした。
テレビ画面の向こうじゃなくて。雑誌に載る、薄っぺらい写真のなかの姿ではなくて。今ここに、あそこに、同じ空気を吸って、君は立っている。
信じられないかもしれないけど、本当に発光して見えたんだ。遠く向こうにいる、豆粒みたいに小さな姿でも。きみの全身がひかりで包まれているみたいだった。

君のいる世界はとても美しいありきたりなんて言わないでくれ/あきさん


12 杏湯さん




ヒールの高い靴を履いてもふらつかなくなったのはいつからだったっけ。カツカツ高い靴音を立てて歩いていけるようになったのは。小綺麗なだけのオフィスカジュアルを、感情を挟まず何気なく着られるようになったのは。
月曜日が来るのを怖がっているなんて、家でぐずぐずに泣いていることなんて、誰にも微塵も想像させずにいられるようになったのは。
ひとりでも、平気だ。大丈夫。ちゃんと歩いていける。足が痛くなったって、絆創膏もきちんと持っているし、それを貼りながら、傷は傷として治しながら、正しく生きていける。
それでも。
行ってきますを言うときに。ただいま、って誰もいない家に帰りついたときに。ぱちん、って、自分で消したり点けたりする室内灯。
その、LEDの明るすぎるくらいの光が目に染みてしょうがないの、これまでだったら気にもならなかったのに。どうして。いつから?
泣きたい、わけじゃないのに、雨の前の日のにおいって、胸に迫ってくるから好きになれない。少しだけ開けていたベランダの窓をからから閉じる。ついでにカーテンも引いて、そうしたら、まぶたの裏にふっと、誰かの影が映る。
ベランダのそばのよく日のあたるところにぺたっと座り込んで、床にそのまま雑誌を置いて読んでいたっけ。目悪くなるよ、ってわたしが声をかけても、もうじゅうぶん悪いもん、とかって言うだけで、ぜんぜんちゃんと取り合わなくて。
ちょっとだけ丸まったきみの背中を見ているのが好きだった。おんなじ柔軟剤のにおいのスウェットを着て、寝癖もそのまんまにしてたっけ。平日はそれでもまあまあちゃんとするのに、休みの日はてんでだめだった。
どうせふたりだからいいじゃんか、なんてきみが笑ってた。あれ、もう何週間前のことだろう。

ひとりでも生きていけると思いたい きみの猫背の角度が恋しい/杏湯さん


13 遊佐さん




さっさと眠ったらいいのはわかってる。スマホブルーライト、ダークモードにしたって結局は煌々と目を焼くよくない光。眠る前の何時間かはスマホなんていじんないで本でも読んで、って、言われなくたってわかってる。
リラックスできる香り、っていうおすすめで買ってきたアロマだって、火をつけたり消したりが面倒で早々にやらなくなっちゃった。わたしはいつもそうだ。今度こそ、って、思うときは本気だし真剣なのに。
そのくせスマホだけは惰性で延々に弄っていられるの、本当に何なんだろうね。
インスタも、何か調べたいものや積極的に見たいものがあるわけじゃないのに、気づくと開いてしまっている。スマホのホーム画面をあっちこっちうろうろして、最終的に行き場のなくなった指先が押しやすい位置にアイコンがあるのが悪い。とかってこの配置にしてるのもわたしだ。ばかみたい。
前は結構喋ってたけど、今はもうそこまで密でもなくなっちゃった、わざわざ個別に連絡をとるほどじゃないな、ってひとが、わたしには何人いるんだろう。ていうかもう、そういうひとのが多いのかな。
うっすらと浮かんできたそんな思考は、ふわふわとして、きちんと形が捉えられない。でも、ちゃんとその全体を見ようとすると、何だかおそろしいものがすぐそこまで迫ってくるような気がして、わたしは結局、すぐに考えるのをやめた。
インスタのなかのひとって、いつも明るくってきれいだ。ストーリーを端から順々に見ていっても、本当にずーっときれい。このひとたちはきっと、アロマにちゃんと火をつけて、その始末もして眠れるんだろうなって思う。
わかってる。こんなことしてないでさっさと眠ったらいいって。スマホなんて開かないでおけばいいって。見たって何にもならないインスタ。ぜんぶ見ても見なくても変わらないストーリー。きらきらしたそれをどんなに浴びたって、わたしがそうなれるんでもないってことは、もうずっと、
スマホを伏せて置いて、掛け布団を頭からかぶる。無理矢理に作り出した暗闇のなかにいて、それでも瞼の裏にはちかちかと、今まで見ていた色とりどりの光が瞬いている。

ストーリーを右タップで飛ばしてく 対岸の煌めきは遠くて/遊佐さん


14 線香さん




嘘つきは泥棒の始まり、って言うけどさ、おれは別にものを盗もうとは思ってないんだ。嘘つきっていうのも、結果的にそうなっちゃったなあ、くらいの話で。
何の話かわかりにくい? ああうん、ごめんね。結論から話せってよく言われんの。あとあんま盛るなってさ。バラエティやんなくていいって……、いや、そっか、こういうのが余計なのか。ごめんごめん。
誰かの救いになりたいとか、そんな大層なことは考えてない。夢を与えたいとか、励ましたいとか。おれが、おれたちが出来ることって、本当にはあんまり多くなくって。
ありがたいことに、おれたちを見て元気をもらったとか、頑張れたとか、そんな風に言ってもらうことも結構ある。でも、そもそもおれたちの活動だって、周りのサポートがなければ絶対できないことも多いし。
でも。あのとき、コンサートの、ある曲の途中。
花道を歩いて行って、手を振った。近くにいて、こちらを見つめていた子と、はっきり目が合った。あの一瞬。
かみさま、って。見間違いじゃなければ、多分、きっと。
あのときのあの子はそう言ったんだ。
そうして、かみさま、って言われたおれも、黙って手を振り返した。ちがうよって、言えなかった。そんないいもんじゃないんだって。
だから、あのときからおれはずっと、あの子にとってのかみさまでいる。そうあり続けてる。本当はぜんぜん、そんなんじゃないのにね。
おれはただの嘘つきで、多分きっと、天国には行けない。それくらいの悪さは、まあまあふつうにしちゃってる、と思う。ちがうよ、って、思いながらも、ひらりと振り返した手のひらを、なかったことにはできない。
でも。おれはやっぱり、手を振ってしまうと思うんだ。また、あの子みたいに、こちらをきらきらした目で見つめる存在に出会ったら。かみさま、って、迷いなく呼びかけられたなら。
嘘つきでごめん。かみさまになんて、なれなくてごめん。思ってるのは、そうだね、多分、嘘じゃない。

かみさまの振りをしたから天国に行けないかもね、ごめんね、またね/線香さん


15 月食さん




隣の部署のお姉さんは、いつも背筋がぴんとしていて、見るからに仕事ができる人というかんじ。ふわふわしているわたしなんかが話しかけるの、恐れ多いな、と思って、これまで遠巻きにしてきたのだけれど、担当者変更があったみたいで、毎月数回、そのお姉さんとやり取りをすることになった。
とはいえ、まあ、これまでと大きな変化があるわけでもない。お姉さんはいつも通り凛としているし、わたしはふわふわしている。仕事上のやり取りも、そのまんま。すみません! って何回言ったかな、申し訳ない……。
ただ、ひとつ意外というか、予想もしていなかったことがある。
仕事のやり取りで、ちょっとしたメモをつけることが多々ある。そういうとき、わたしは会社の備品の、何の変哲もない付箋に書いて渡している。
でも、お姉さんは違うのだ。
毎回、何だかやたらとかわいいメモ帳に書いてくれている。メモ帳もかわいければ、それを貼り付けるためのマスキングテープもかわいい。
えっ、お姉さん、こんなの持ってたんだ……? って、失礼かもしれないけど、意外に思った。こんなこと言ったら本当は駄目なんだろうけど、お茶目でかわいい、って、お姉さんのことを大好きになった。
そして、今。
わたしはまた新たなお姉さんの一面にふれて、小踊りしたいのをどうにか堪えている。
お姉さんはいつも、メモ書きの最後に自分の名前のハンコを押してくれていた。でも、たまたま手元になかったのか、今日は違った。メモ帳も切らしてしまったのか、ふつうの付箋だ。だから、ちょっと趣向を変えてみようと思ったのかは分からない。
いつもならハンコが押されている位置にあったのは、多分……犬? と、山の絵。
お姉さんは、犬山さんというお名前だ。

本当の秘密は指向性があるから君宛、内緒にしてね/月食さん


16 碓氷さん




何をそんなに喋ってたんだっけ、って、思い返してみてもいろいろぼんやりしてる。中身のある話ってほとんどしてない。
好きなアイドル、ゲーム、お菓子、友達、学校のこと、行き帰りの道であったちょっとした出来事、嬉しかった、悲しかった、しんどかった、何でもかんでもごちゃ混ぜに、思いつくまま話してる。
一緒にいる間、喉が痛くなるまで喋り尽くしても、反対にしばらく黙ってたって、お互いぜんぜん構わないでいられるのは割と貴重なんだってわかったの、実は結構最近だったりする。昔からそうだったし、それが当たり前で、今更意識もしてなかったんだ。
わたしたちはもう、大人だから。子どものままではいられないから。合わない人もいる、苦手な人もいる、どうやったって噛み合わないって人だっていて、それでも、表向きはちゃんと付き合っていかないといけなくて。
そういうなかで暮らしていくの、当たり前なのはわかってるけど。たまにすごく、息がしにくくなる。溺れてしまわないように、慌てて深く呼吸をし直す。
そのたびに、ああ、君とだったら、って思うんだ。君と一緒のときは、こんなことないのになって。
あとから考えてみたら、何を話していたんだか、ぜんぜん思い出せないようなことばっか、ふたりで延々喋ってた。くだらないことで笑って、おなかが痛くなるまではしゃいでた。
ああいうの、ぜんぶ、特別だったんだね。かけがえのない、なんて言うの、こそばゆい気もするけど。でも本当に、大切だったんだ。無くなるなんて考えたくもないな。
わたしも、君も、出来る限りずっと長生きしたいね。それでずっと、何歳になっても、おんなじようなことを喋っていよう。

くだらないことで笑い合う時間が無くなると思うと死ぬのが怖い/碓氷さん


17 夏野さん




たとえばSNSの、たとえばあなたを悪く言う人。善意に見せかけた悪意。よく読まないとわからないけれど、確実に紛れ込ませている嫌味。
そういうの、全部、なくなればいいのにって思う。いくらスパブロしたってきりがなくって、一瞬わたしの目の前からはいなくなるけど、この世にあることには変わりなくって。
でも、あなたはそういうのも嫌がるんだろうね。
だってあなたはちゃんとやさしい。本当だったら、もうとっくに愛想を尽かしてしまっているだろうに、って何度となく思う。好き勝手に気持ちを慮られて、あることないこと喧伝されて、それでもまだここにいてくれる。わたしたちの方を向いてくれている。
どうしてそんなに強くあれるの、って、思ってしまうけど、別に強い訳じゃないんだろうね。そう見せてくれているだけで。特別な存在みたいに、振る舞ってくれているだけで。
あなたはずっと正しく偶像であってくれる。だから(なんて言うのも本当に勝手な話だけれど)、わたしたち、おんなじ人間なんだって、そんなひどく単純なことを、何度でも忘れてしまうんだ。
たとえばSNSの、たとえばあなたを悪く言う人と、わたしの違いって、なんなんだろうね。もうぜんぜん分かんないんだ。
だからどうか、わたしの言うことだって、ひとつもあなたの目には映らないままでいてって、最近はそれだけを祈ってる。おねがい、

ゆっくりと瞼を開くその時はやさしい花が揺れますように/夏野さん


18 飄さん




寝転がって無になる時間が長すぎるのは分かってる。さっき食べてそのまんまにした食器を洗う、脱ぎ散らかした服を洗濯機に入れる、ああそうだ、明日の準備もしてないし、そもそもお風呂にもまだ入ってない。
くるくるくるくる、思考は回る。やらなきゃいけないことが、次から次へと浮かんでくる。それなのに、わたしはベッドに寝転がったまま動けない。傍らに置いたスマホから目が離せない。
ラインの通知、ぜんぜん消せてない。既読だけでもつけたらいいのかな、それとも何にも見ない方がいいのかな。アイコンをタップして、目を通す、それだけのことが、何でか分からないけれど、本当に出来なくって。
だらだら見ていた動画が終わってしまって、でもまた違う動画の再生が始まる。プレミアムに入っててよかった、ってこういうときは本当に思う。何にもしなくたって、勝手に流れていってくれる。広告でぶちぶち切れたりしない。何かを流し続けている間は、我にかえらなくて済む。
本当は、もっと、ちゃんとしたかった。ちゃんと人付き合いして、ラインも溜めずに返して、自分からも連絡をまめにとって。もっとちゃんと。皆ができてるみたいにちゃんと。
スマホの画面にふっと、メッセージの通知が浮かんでくる。友人から。指先が一瞬戸惑って、でもそのおかげで、数日ぶりにラインが見られた。慌てたせいで、ほとんど事故みたいにタップして開いた、メッセージ画面。
「……えっ」
そうして、これもまた意図せずに、わたしは反射的に起き上がり、ベッドの上で座り直した。友人からのメッセージを、食い入るように見つめる。
友人と、わたしの好きなグループの、全国ツアー。日程はこの秋から冬。申込みは明日から。
一緒に申し込もう、日程の相談がしたい、と連絡をくれた友人に、慌てて返事をする。それから、カレンダーアプリを開いて、休みを確認。
数ヶ月先に、自分がどうなっているかなんて、本当にはわからない。今みたいに、いやもしかしたら、今よりもっとぐずぐずになって、動けなくなっているのかも。
それでも、まだ、もうちょっと。せめて今年の秋までは。君に会えるかもしれないときまでは。
もうちょっとだけ生きてても、ぐだぐだでもどうにかまだ、やっていけるかもって思うんだ。

もうちょっと生きてもいいなの繰り返し三度目の秋きみは約束(アイドル)/飄さん





改めまして、短文を書かせていただいた皆さま、本当にありがとうございました!
短歌をどう読みどう感じたか、感想とはまた違った形で表現するのは、難しい部分もありましたがとても楽しかったです。お読みくださった方々にも感謝しています(いきなり何を始めているんだろうと不思議に思われただろうな、とは感じています……)。
もしご感想などあればぜひお題箱まで↓
odaibako.net

いちごつみのこと

2023年12月から2024年1月にかけて、2名の方と計3回いちごつみを行いました。その記録及び自作解説をしたいと思います。
はじめに、これはいちごつみに限ったことではありませんが、解説とは言いつつも、そう読まなければいけないという訳ではありません。もちろん、違った解釈をしたらだめということは決してありません。わたしの短歌やブログを読んでくださる方には、自由に楽しんでいただければと思います。

ちなみに、いちごつみってなに? という部分については、こちらの記事が詳しいので、知らない方・気になる方はご参照ください。


3回分のいちごつみについて、ひとつの記事にまとめたので、結構なボリュームになりました。
見出しをつけておきますので、適宜ご利用ください。
※流れがわかりやすいように、いちごつみのお相手の方の短歌もそのまま載せています(+一言感想つき)。



2023年12月 遊佐さんとのいちごつみ

 ― 首数:10首(各5首)
 ― 奇数首:遊佐さん、偶数首:しま
 ― 期間:2023.12.19~2023.12.21
 ― 方法:Discordメッセージ
 ー 画像作成:しま



総括

遊佐さんとの初いちごつみ。首数が少なかったのもありますが、かなりのスピード感で進行しました。楽しかった!
いちごつみ全体を10首連作のように捉えて、ざっくり起承転結を想像しながら作りました。自分が偶数首担当=最後の短歌を作る役割ということで、最後の方はどう着地させるか結構頭を悩ませていた気がします。
遊佐さんの短歌とわたしの短歌はわりと作風が違っているかな? と思っていて、そのふたつが組み合わさることでの化学反応というか、バランスが面白いなあと感じました。

計10首(各5首)

01 赤ちゃんが人差し指を握るみたいに甘えてくれてもいいのよ?
遊佐さんの短歌を読むと、おすましな女の子が思い浮かびます。かわいい!


02 キスをする雰囲気すらも掴めないぼくらの恋は依然赤ちゃん(赤ちゃん)
「人差し指」を摘むといつも通りになりそうだったので(手指が好きすぎる)、普段ならほぼ詠まなそうな「赤ちゃん」を摘みたいと思っていました。全体の傾向としては恋愛系にしようかな? というイメージがあった。


03 口紅はキスの後にも直すってあの子が言った 踵をあげる(キス)
やっぱりかわいい! きゅっと踵を上げる情景が浮かびます。遊佐さんの短歌のかわいらしさ、水森亜土のイラストを連想するなあと思いました。


04 灰かぶり姫の真似してはしゃいでるきみと遊んで掃除は後で(後)
「踵」を摘みたかったのですがいろいろあってこうなりました。踵→靴を履かせる→シンデレラ→大掃除、というイメージ。時期的にも年末で、大掃除したくないな…と思っていたのが反映されている。


05 親指を唇に添え考えるクセを真似てもあの子になれない(真似)
少し方向性が変わった? と思った短歌。「あの子」ってどんな子だろう、とイメージが膨らみました。


06 ずいぶんと遠くをのぞむ目をしちゃうクセが好きって言ったら怒る?(クセ)
「あの子」が気になりつつも、恋愛系=恋人同士のイメージは引き続き持っていたため、ふたりにフォーカス。彼氏が彼女に言うようなイメージでした。


07 来世でもまた会ったなら遠くまできたもんだねと笑い合おうよ(遠く)
来世!! となった。話が展開していくきっかけを作ってくれるのは遊佐さんだなあとつくづく思います。SF(すこしふしぎ)な要素があって面白くってすきな短歌です。


08 またねって口にしながらお互いの手を離さないことがあったね(また)
SF要素を引き継ぎたくてこんなかんじに。「来世」と言っている「現世」の前にも巡り合っていたふたりをイメージ。


09 教わったピリカピリララとなえると強くなれるの口紅をひく(口)
「ピリカピリララ」はおジャ魔女どれみの呪文、ということで、発想がすごい。まず自分じゃ出てこない単語だなあと思います。


10 指先の真っ赤な糸をそっとひく誰に繋がるかはわかってる(ひく)
巡り合わせのあたりから「真っ赤な糸」が出てきた。また、1首目「人差し指」とも繋がるように、と思っていました。


2024年1月 遊佐さんとのいちごつみ

 ― 首数:20首(各10首)
 ― 奇数首:しま、偶数首:遊佐さん
 ― 期間:2023.12.30~2024.01.02
 ― 方法:Discordメッセージ
 ― 画像作成:遊佐さん



総括

遊佐さんとのいちごつみ2回目。1回目が10首(各5首)であっという間に進行したこともあり、倍に増やしてやってみることに。とはいえ結構なスピード感なのは変わらずでした。
今回はわたしが奇数首担当だったので、今度はどうやって始めるかで頭を悩ませることに(どちらにせようんうん悩んでいる)。1回目がかわいらしい雰囲気のいちごつみだったので、今度は薄暗くしてもいいかな? と思い、若干ダークめでスタートしました。
年末年始でいろいろあって、大変なときだったとは思うのですが、一緒に続けてくださった遊佐さんにはとにかく感謝しかないです。短歌も少しずつ明るい方へ向かっていくような雰囲気があって、本当に勝手ながら、よかった、と強く感じました。

計20首(各10首)

01 かんたんに折れる鎖骨の凹凸を他の誰にも知らせずにいる
わたしの短歌は気を抜くとどこかしら薄暗くなるのですが、この短歌も例にもれず……というかんじです。鎖骨は引っ張ったり強い力を加えたりするだけで簡単に折れるらしい、という話を聞いてから、怖いけど何だか気になってしまっていて、それを入れ込みました。


02 私など食べるか寝るか起きるかで 誰か代わりに生きてくれたら(誰)
遊佐さんからかなり暗めな短歌が返ってきて新鮮でした!


03 冷やごはんレンチンしないまま食べる泣きわめいても妥当な理由(食べる)
冷たいごはんってわびしくて本当につらいよなあ、という短歌。つらいけど、創作する上では結構好きで出してしまうアイテムでもある。


04 杖を持たないとまっすぐ歩けないぼくの生きてる理由はどこに(理由)
引き続き暗め……! どうやって摘もう、どうやって返そう、と悩みました。


05 わからないことだらけでも日々を行くなるだけ武器は持たないでいく(持たない)
前の短歌を受けて、暗いままで行くのもちょっと違うかも…? と思い、若干日が差すような雰囲気にしたかった。


06 こんなときどういう武器を選ぶのか教わってない涙は透明(武器)
「涙は透明」がきれいで本当に好きです。「涙」があるので少しまだ暗さはあるんですが、それだけじゃない雰囲気が見えてきたかんじ。


07 透明なコップに満たす水道水にさえ光は内包される(透明)
ありふれた光景かもしれないですが、少しでも救いというか、明るさが出たらいいなと思って作った短歌。この中だとかなり自分でも気に入っています。


08 神様の光がここに届かないそれでも私目を開けている(光)
「目を開けている」の凛としたかんじが大好き!


09 届かない郵便を待つ明日にも明日があるのを恐れはしない(届かない)
「あした」と「あす」にしたくて、ちょっと遊びを入れてみた短歌。
完全に個人的な話になりますが、明日が来るのが怖いというか、仕事嫌だなとかそういうことを思って眠るのがこの数年当たり前になっていて……でもそんなことを思わず眠れたらいちばんいいよな、と思って出来たところもあります。


10 満月を指差し「故郷」って言うの、ほんとに帰る恐れがあるな(恐れ)
ちょっとお茶目な雰囲気! この短歌が戻ってきたとき、遊佐さんの短歌の好きなところがぎゅっと詰まっていると思ってうれしかった。どことなくかぐや姫っぽいイメージ。


11 何もかもだめになっちゃえ 満月のせいにしたって誰も責めない(満月)
メンタル不調、月の満ち欠けにも影響されるようなので、そのイメージで。嫌なことやつらいこともあるけれど、思い悩むのではなくて、笑い飛ばすようにしたかった。


12 だめですか?落ち葉をわざと踏んでってちっちゃく憂さ晴らしをすること(だめ)
10首目に引き続き、暗さもありつつちょっとお茶目な楽しいかんじがある! 好きです。


13 きみに会う日付にちっちゃく丸をしてやっぱりおっきく書き直しとく(ちっちゃく)
カレンダーの日付部分に○をつけて、それを大きく書き直すと、「二重丸になる」という遊佐さんの解釈がとってもうれしかった短歌。元々は単に書き直すくらいのつもりだったのですが、この解釈を聞いたらもう……二重丸、よすぎる。


14 いま見たら日付の横に雨マーク それならわざと傘は持たない(日付)
濡れてもいいってことなのかな? たとえば泣いていても濡れちゃえば目立たないとか…? とイメージして読みました。
ちなみに、遊佐さんにあとからお聞きしたら、迎えにきてもらって相合傘になるように傘は持たない、ということで、本当にかわいい…!! となりました。


15 だとしても虹が出るのは足元にうつむく先に雨の向こうに(雨)
雨の後には虹が出ますが、空にかかるだけじゃなくて、足元とかアスファルトの上に小さく出ることもあるなあ、と思って作った短歌。あとは、何となく「だとしても」で始めてみたかった。


16 太陽で目が痛いからうつむくも覗き込まれちゃうから意味ない(うつむく)
太陽が覗き込んでくるイメージが膨らんで、茶目っ気があっていいなあと思いました。かわいい!


17 きみの顔覗きに行くよ苦笑いだって笑顔と人は呼ぶだろう(覗き)
前の短歌の覗き込んでくる太陽が好きだったため、この短歌も太陽目線(?)にしてみた。


18 あなたの名前を呼ぶときいつもより大きい声が出せちゃう不思議(呼ぶ)
「いつもより大きい声」っていいなあ…としみじみ感じました。わたし自身、コンサートに行ったとき、普段では出ないような声が出せたことがあるなあとも思い出しました。そして全体的にかなり前向きなかんじ!


19 不思議って一緒にいるといくつでも たとえばこの手を繋げてること(不思議)
盛大な字足らずをやらかす……(すみませんでした)。最初は「不思議っていくつもあってたとえばこの手を繋げてること」としていました。まったく気づいておらず、でもどうにか修正できてよかったです。


20 たとえばきみが大事だと言うことがかんたんなんて知らなかったよ(たとえば)
1首目の「かんたん」にも繋がるようにしてくれている! そしてこのからっとした明るさ、軽やかさ。
20首全体として、はじめの、わたしの作った薄暗めのところからここまでゆるやかに変化して、最後明るいところに着地できて本当によかったです。


2024年1月 昨さんとのいちごつみ

 ― 首数:50首(各25首)
 ― 奇数首:しま、偶数首:昨さん
 ― 期間:2024.01.19~2024.01.25
 ― 方法:Discord専用サーバー
 ― 画像作成:しま



総括

昨さんとの初いちごつみ。各25首ということでこれまでより首数が多いため、どうなるのかほとんど想像がつきませんでした(わたし個人として、これまでに経験したいちごつみでは各15首が最多だった)。そのため起承転結のことは基本的に考えず、その場その場の変化や流れに身を任せることに。
もうひとつ自分の中で決めていたテーマ(?)は、昨さんの作風に寄せてみる、でした。あまり自分では作らないタイプの短歌だなあという感覚があったので。結果として、まあまあ寄せられたかもと思うところと、やっぱりぜんぜん違うな、と思うところとありましたが、どちらかというと後者が強かったかな……。なかなか寄せられるものでもなかったです。

計50首(各25首)

01 雨の日のねむい匂いを吸い込んでこのまま煙草にしちゃいたかった
スタートは思い切り自分の好きな要素を詰め込んでみた。何というか、手癖が出てるなあという気がする。


02 銘柄を覚えようにも匂いしか記憶になくて問い合わせ 肺(匂い)
「煙草」は摘んでないのに煙草の「銘柄」の話になっているの、すごいな~!! と思いました。何となく「肺」で終わるの、昨さんっぽい、気がする。


03 ざわめきに名前はあるか 問い合わせメールにもらう自動返信(問い合わせ)
あんまり普段使わない単語を…と思った結果「問い合わせ」を摘みました。「ざわめきに名前はあるか」フレーズとしては気に入っているけど、どういう意味? と聞かれるとよくわからない短歌だなあと思う。


04 イニシャルと出会った日付羅列してメールアドレスは恋の遺言(メール)
「恋の遺言」いいですね…!! 昨さんのこの言語感覚、すごく素敵だなあと思っていて……聞きなじみのある単語だけど思いつかない組み合わせや、少し変わった(でもわかる気がする)言い回しで、どこかぴりっとスパイスが効いているかんじがします。


05 あのときの人とは別の人といて(あれが終電)日付が変わる(日付)
「恋」の要素があるなあと思って、恋人同士のようなかんじに。ただストレートに幸せそうだったり甘かったりするのは違うかな…と少し影のような要素も入れてみました(あのときの人とは別の人)。


06 じゅうにじを超えない終電 じゅういちじ過ぎの夜行で また会いたいな(終電)
前の短歌、「日付が変わる」だから、「終電」と言いつつまだ夜十一時台なんですよね。単語を摘むだけじゃなくて文脈ごと繋げてくれているかんじ、この短歌に限らずですが、すごい……。


07 繋がれた手がいつまでも冷たくて心は積載量を超えない(超えない)
5首目で若干影のある恋人たちを出したので、そこから引き続き。手は繋ぐだけの仲だけど、一線を引いているようなかんじがしますね。


08 城壁は冷たくあって わたし特段困ってはないはず、なのに(冷たく)
ここで「城壁」が出てくる! なぜ……発想の繋がりがすごい。これも「超えない」ものとしてのイメージなのかなあ。


09 きみの目の揺らいでるのがうつくしくお願いもっと困ってほしい(困って)
これ、自分で作っておいて、若干きもちわるいな……と思いました。下の句がちょっとべちゃっとしている。「困ってほしい」ってなんだろう。


10 開く目が大きくないとダメなんて言ってなかった まぶしい みたい(目)
どういうことなんだろう? と頭を悩ませた短歌。目はぱっちり大きい方がいい、とかそういう言説と、でも実際大きく目を開くのってまぶしいしつらいこともあるよね、というようなことかなあ。全然違ったらすみません。


11 光あれとかってぬかす神さまはポンコツみたい苦しいばっか(みたい)
「まぶしい」から「光」へ連想。あんまり普段摘まない語を選ぼうとした結果「みたい」を摘みました。これは結構自分でも気に入っている短歌。


12 え そうじゃん ぬか漬け食べて寝たらいいいちばんいいって! 言ってたキミは? (ぬか)
「ぬか漬け」が出てくるとは思わなくって……笑 これ、いちばん度肝を抜かれた短歌でした。びっくり。そして自分でももっと自由にやろう! というきもちになった。


13 泣きながらごはんいっぱい平らげてぜんぜん平気そうじゃんわたし(そうじゃん)
ということで(?)「そうじゃん」を摘んでみた短歌。ただし内容としては割と自分のやりがち要素が強い(ごはんの話が好き)。


14 言われればごはんですよの経験はなかったですね パン派は寝てます(ごはん)
ごはんですよ」……もうこの辺り昨さんすごいな!! と思いつつ読んでました。発想が柔軟すぎる。


15 経験値1から上がんないバグをたったひとつの個性とされる(経験)
これも、「経験」そのままじゃなくて何かひねりたいな~と思って「経験値」にしてみた。自分としてはちょっと冒険。


16 今さっきうだつの上がんない君が『確変です』って一抜けていた(上がんない)
流れとして、何となくゲームっぽさが出てきて面白かった。「確変」も単語としては知っているし分かるけど、短歌に入れたことないなあ……。


17 ゴールするときは一緒の約束でさっきまでなら好きだったのに(さっき)
「一抜け」されてしまったので、マラソン大会とかでありがちな情景を詠んでみた短歌。この辺り若干素というか、うっすら暗い部分が出ている。


18 人生でゴールテープを切ったことなくても最後義務があります(ゴール)
昨さんの短歌の、この切れ味というか……さっぱりしているけど持ち重りのするかんじ、すごいバランスだなあとつくづく感じる。


19 もみくちゃになっても最後の最後までわたしはわたしでいられる権利(最後)
「義務」ときたので「権利」を持ち出したかった。なかなかしんどい日々ではありつつ、どうにかこうにかやっていけますように、の気持ちも込めてます。


20 きもちよさでもみくちゃくちゃになれたら生きてる証 原型はない(もみくちゃ)
「もみくちゃくちゃ」、声に出して読みたい。定型にぴったりはまっていなくても自然というか、音として読めるかんじ。内容の鋭利さに対してこの自由さがあるの、おもしろい……。


21 原型がわかんないまま組み立てるおそらく心おそらく体(原型)
個人的には、この辺りからわりと自由度が増したような気がしてます。即興性というか、全体の流れよりひとつ前の短歌から受ける印象でぱっと返すようなイメージ。半分くらいまで進んできて慣れたのもあるかもしれない。


22 組み合わせ次第では君と付き合う あとは命日の遅延になる(組み)
「命日の遅延」これ大好きです。本当にこの言葉の並び、思いつかない。


23 式次第どおりに済ます生前葬ぼくらはここで拍手する役(次第)
個人的に結構気に入っている短歌。わりと昨さんの作風に寄せられたような印象(勝手に)。


24 これ以上拍手喝采浴びせても他人事みたい こうかはないよ(拍手)
「こうかはないよ」がゲームの表記のようでもあり、こうか=効果=校歌?と想像できたりで、面白いなあと思った。ひとつの音で複数の意味を持たせるの、膨らみが出ますね。


25 さよならはこうかふこうか聞こえないパイプ椅子ってやけに冷えるね(こうか)
「こうか」をさらに違う言葉に変えたくてこんなかんじに、本当だったらひらがなより漢字で書いたほうが相応しいかな、とは思いつつ……。何となく式典っぽさを引き継いだ結果、「パイプ椅子」が出てきた。


26 着慣れないジャケットを乗せパイプ管に擬態できる 5年かかった(パイプ)
「擬態」から何となく、社会人とかサラリーマンとか、そういう世間一般的に求められる姿をイメージ。「5年」というあたりがリアルだなあと思う。


27 実のとこ石の上には5年いてかなしむのってどうやんだっけ(5年)
「石の上にも三年」と言うけれど、それよりもっと要領が悪かったら三年以上になるかな、と思ってこんなかんじに。イメージは社会の荒波にもまれるうち摩耗しきったサラリーマン(しんどい)。


28 私でもかなしむ資格取れてたし誰でもできる布団の中で(かなしむ)
「どうやんだっけ」と聞いたら「誰でもできる」が返ってきて、おお!!と思わず声が出ました。この切れ味、昨さんの短歌だ~と思う。


29 掛け布団わけたげるってそういうの何度やってもよくは言えない(布団)
前の短歌からどう繋げるか考えてはみたものの、うまい返しが浮かばず、まったく違う方向へ……。気遣いであるとかやさしさをさりげなく渡せる人っていいよなあ、そんな風になかなかなれないなあ、というやっぱり若干薄暗めの短歌。


30 灰皿になれますように何度でもお願いしてる 穴は開けない(何度)
どうやったら「灰皿になれますように」が出てくるんだろう……?!!


31 両耳に増やした穴の向こうから吹いてくる風 これは合法(穴)
「穴」をどんな穴にしようかな、と考えた結果、ピアスホールになりました。「これは合法」がわりと気に入っている。


32 カフェオレとカフェラテのことおなじだとほら吹いてくるみたいにだっこ(吹いてくる)
「ほらを吹く」になるとは思わなかった……。カフェオレとカフェラテ、未だに違いがわかりません。聞いたときは一瞬理解するけどすぐに忘れる。


33 僕なしじゃ立ってらんなくなるくらいおんぶにだっこしたげたかった(だっこ)
09の短歌と少し似通ったものを感じる。自分で作っておいてなんだけど若干べちゃっとしていてきもちわるめ。


34 明日の夢 荒野にひとり立っていて夜を伸ばして朝と結婚(立って)
……と思っていたら「ひとり立っていて」が返ってきて、よかった~と思いました。勝手に軌道修正してもらったきもちになっていてすみません。凛とした雰囲気で好きな短歌です。


35 ここからはおひとりさまで行かせてね辛くはないのおあいにくさま(ひとり)
格好いい短歌を返していただいたので、それを活かしていきたかった。「おひとりさま」と「おあいにくさま」は完全に言葉遊びというか、意味よりリズム重視で使ってます。


36 放たれた 自由になれよ希望たち 会いに行かせてもう奪わない(行かせて)
「自由になれよ希望たち」が格好いいですよね……。


37 大声で叫ぶわたしは奪わない奪わせやしない手離すもんか(奪わない)
この短歌も35の流れを汲んでいるかんじ。なるべくばしっとした雰囲気にしたかった。


38 マグカップ割れた理由を大声に押し付けている(もう聞こえない)(大声)
この辺り、どんなイメージだったのかお聞きしてみたい。実のところあんまり具体的な背景が浮かばなくて(マグカップは誰のものなんだろう?どこにあるんだろう?等)、昨さんがどうやって繋げていっていたのか気になるなあと思っていました。


39 聞こえないふりでずんずん歩いてく振り向かないで 空が高いね(聞こえない)
35・37の流れを汲んだ短歌。わたしの短歌単体としては作れていると思うんですが、割とぶちぶち切れるというか、昨さんの短歌からはうまく繋げられていないなあと思います……反省点。


40 雨降りの空が言うには確率で当てないことも出来るらしい(空)
何となく「空」が摘まれるのが意外だった。でも改めて見返すと前の短歌、動詞ばっかりだな……。普通に作ると、次の方がどうにも摘みにくい短歌になっちゃうことが結構あるので反省してます。


41 話したい人が見つかる確率の出し方 簡単 なんてサジェスト(確率)
「確率」を摘みたかった。あと「サジェスト」とか、検索エンジンっぽさを入れ込みたくてこんなかんじに。短歌のなかにそういった要素を入れ込むのが好きで結構やりがち。


42 晒すのは気軽手軽簡単な無理心中 用意できたよ(簡単)
「晒す」だったり「無理心中」だったり、少しひやっとする要素が入っているけれど、最後「用意できたよ」は軽やかで、そのバランスがすごいなあと思う。


43 ご紹介するのは手軽な逃避行、手に手をとって走り出すだけ(手軽)
「無理心中」から「逃避行」へ。創作する上で好きな要素なので、どうしても内容を引き継ぎたかった。


44 手を繋ぐ 享受しないで生きてきて握られるまま返せなかった(手を)
「握られるまま返せなかった」のもの悲しさ、ツボです……。ちょっと切ないかんじ。


45 最後まで返せなかったメールにも名前はあってもう呼ばれない(返せなかった)
なんとなく、いちごつみの最初の方を読み返し、もう一度「メール」を出してみた。そこから繋がっているような繋がっていないような。


46 今日ぐらい最後ぐらいは人がいい 冬は続くよ安心してね(最後)
下の句は冬眠する熊視点、とあとから教えていただいて、!!!となった短歌。好きです。


47 降り続く雨、じゃなくって雪だった。傘はなくっていいよ、それじゃあ(続く)
リズムも文字も崩したくっていろいろやった結果こんなかんじに。「冬」から「雪」への連想、シンプルではありますが自分では結構気に入ってます。


48 手紙にはそれじゃあまたねだけあって紙だけずるいヤギじゃ寝れない(それじゃあ)
ヤギ……??! となった短歌。「紙だけずるい」は何だろう、食べられてしまうことかなあ。「寝れない」のは羊じゃないから……?


49 ずるいねと言ってやれたら(なんだって言うんだ)欠伸もしくは結露(ずるい)
若干手癖が出ている。括弧書き、好きなんですよね……。「欠伸もしくは結露」は語感重視で入れた記憶。


50 ねむいとき欠伸はでない かなしいと涙はでない 一緒にいれない(欠伸)
一周している…!! 遊佐さんのときもそうでしたが、一周するとすごくうれしいきもちになりますね。畳みかけるような「ない」も好きです。



以上、いちごつみの感想+自作を振り返ってみました。やり切った感!
お読みいただきありがとうございました。ご感想などあればぜひお題箱まで。